生きものたちの饗宴

 2022年5月22日〜23日、久しぶりの撮影に行ってきました。急遽決定した広島県三原市「ひよめき」さんでの大地の再生講座。重機を使わず手作業で基本を押さえる講座は、中国地方の里山風景と相まって、終始やわらかくのどかな雰囲気で進められました。

おばあちゃんの家みたいな「ひよめき」
野菜をたくさん育てて、カフェもやっている

 小豆島でオリーブを育てている方、山口でお米をつくっている方、この地を選んで移住された方、生口島で猟師をやっている方、昨秋のクラファンで熱い応援をくださった方、「尾道の台所」の西山優子さん、編集の最終段階で的確なアドバイスをくださった映画監督の田中トシノリさん、岡山「円結」で「杜人」を観てくださった方……。30名を超える参加者さんが集まって、風の草刈り、水脈づくりを中心に「基本の手作業」を学ぶ2日間でした。

 テーマは「つなぐ」。

 重機やチェーンソーの音がほとんどない中で、矢野さんもお一人お一人に大切なことをマイクを通さず伝えていきます。

熱心に聴き入る参加者さん

「表層5センチ。大気と大地の境界面にあたるこの表層5センチの改善が、実は重機よりも力を発揮する」

「水が走らないこと。自然界の動きは、等速、等圧。直線でなく流線形」

「深追いしない。30分だったら30分でできることをやる。焦らず慌てずゆっくり急ぐ。実は、それは渦流の動き」

「やり過ぎない。一見、どこをやったの? くらいがちょうどいい。それが雨風の技。これは、ちょっとやり過ぎ(笑)」

「遠ざけるんじゃなく、リスクを背負う。生きていくってことは不安定が大前提」

「『見る』んじゃなく『観る』。よく観て、察する。そうでないと、いのちはつなげない」

「ちゃんとやってるはずのに、なんでうまく行かないのかと悩んだ時期もある。でも、ある時、いや、それは自分のやり方がまずいんだ、と気がついた。それからは、そう決めた。そうしたら、迷わなくなった」

「畝溝(うねみぞ)をつくってから畔溝(あぜみぞ)をつくる人がいるけど、逆。畔溝を先につくらないと空気と水は循環しない。人間社会も同じ。いまは私益、共益、公益の順番になっていて、自分の生活、自分が直接関わる場が満たされて初めて公益を考える、というふうになっている。それではいのちをつなぐ循環は保たれない」

「かつて水脈整備は集落で最も重要な結作業だった。大人も子どももみんなが関わり、その中でそれぞれが体感で学び、集落の安息状態を保っていた」

人間は群れを成す動物

 矢野さんの言葉を、職場の状況や家庭、ご自身の人生と重ねて噛み締められた方もありました。風通しが良い。息ができる。どんな場所でも、大事なことは同じ。それは頭でなく心が教えてくれること。

 講座中の言葉以上に、矢野さんの言葉が胸に響いたのは、実は朝食後の何気ない語らいの中での体験談でした。いつか、誰かの役に立つ日が訪れるかもしれないので、シェアしますね。

「2mの脚立に立って、後ろにひっくり返って、コンクリートの三和土に頭を打ちつけたことがある。落ちる瞬間、大切なのは身体の力を抜くこと。そして打ちつけた瞬間は息を吐く。それからゆっくり息を吸う。救急車を呼んでもらって来るのを待つ間、武道の先生に電話して聞いてもらった。こういうときはどうしたらいいか、と。
 先生曰く『とにかく氷で頭を冷やしなさい』。だから救急車に乗ったらすぐ「頭冷やすものありませんか」と救急隊員に聞いた。氷はないけど保冷剤はある、と保冷剤を出してもらって、冷やし続けた。
 病院に着いたら、誰が診るか決まるまで、処置もなしに待たされた。これがすごく長い。2〜3時間待ったと思う。その間、看護師さんに頼んで氷を持ってきてもらった。何度も、何度も。その氷のおかげで、脳内の血管が破れることなく、いまがあると思う」

 話を聞きながら、私は「北の国から」の最終回を思い出していました。ひとり吹雪の小屋に取り残され、傷を負った黒板吾郎さんを。絶対助からない状況で、機転と忍耐、最後は「気力」で生き延びる姿を描いた、あの最終回を。

息をしている限り あきらめない


 かつて豪農だっただろう家に引っ越し、自給自足と共同体の暮らしを実践している花ちゃんの「ひよめき」という場は、あたたかいだけでなく、いのちがひしめき、せめぎ合う場所でした。

 ウグイスにスズメ、カラスにシロサギ、クロアゲハ、シジミチョウ、トンボにハチ。ムクムク顔を出すタケノコにヨモギ、ヘビイチゴ、アザミ、フキ。ものすごい数のトノサマガエルに、それを狙うヤマカガシ……。

マムシほどではないけれど、毒牙を持っているヤマカガシ(見えるかな)

 早朝の光は青々と神々しく、すべてを祝福し、浄化しているようでした。
 今日いのちが絶えるかもしれないけれど、それを心配する生きものなんておらず、それぞれが朝露と真新しい光を喜び、いのちそのものの歓びを享受している。その場に立っていると、細胞の一つ一つが満たされていく感覚に陥りました。

「杜」=「この場所を 傷めず 穢さず 大事に使わせてください」と人が森の神に誓って紐を張った場。そこは、まさに「祈り」の場に思えました。

 

 

 東京に戻って来て、人間ばかりが幅を利かせるまちに降り立つと、タイムスリップしたような、なんとも言えない淋しい気持ちになりました。

 たくさんのものを手に入れたつもりで、いったいどれだけのものを手放してしまったのだろう。

 でも、きっと取り戻せる。余分なものを手放しさえすれば。

「満たされなくて当たり前」と肚の底から思えるようになりさえすれば。

花ちゃんが育てたイグサで編んだ円座、まさに「渦」!
花ちゃん、たくさん、たくさん、ごちそうさまでした!

 さて、今週末から新しい劇場での上映がスタートします。

 5月27日(金)〜兵庫・豊岡劇場28日(土)〜愛知・名古屋シネマスコーレ千葉・キネマ旬報シアター

 27日は映画にも登場される大地の再生関西支部の増茂匠さん、友美さんと、28日は同じく出演もされている地理学の権威で矢野さんの恩師、堀信行先生と登壇します。キネマ旬報シアターさんには29日に伺って、なんと45分ものQ&Aトークをさせていただきます。

 劇場でお会いできるのを、楽しみにしています!

2022年5月25日 前田せつ子

2 Replies to “生きものたちの饗宴”

  1. せつ子さん

    生きとしいけるもの
    すべての命をつなぐ
    をテーマにした

    “ひよめき”での講座の様子と矢野さんが映画を通して伝えたい事を書いて頂きありがとうございます。

    ひよめき→頭蓋骨の泉門の事です。

    見るではなく観る

    ひよめきの語源にふさわしい講座になったと思います。

    1. 京子さん

      こちらこそ、ひよめきさんの講座に参加させていただき、原点に返る貴重な時間をいただいたと思っています。
      ひよめき、という響き、そしてその意味、大切にしますね。
      ありがとうございます。

       前田せつ子

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