豪雨災害を防ぐために 誰もができることがある。
ナウシカのような環境再生医を追いかけたドキュメンタリー。
屋久島の荒波が打ち寄せる浜に、弱ったガジュマルの木が立っている。
「屋久島の生態系のエネルギーでやっても追いつかないぐらい、人の負のエネルギーのほうが大きいから、こういう状態になっているんです」
矢野智徳(造園家・環境再生医)が手作業を始める。その作業は大げさなものではない。ノコ鎌でガジュマルの周辺に空気が流れるよう草を払い、海へと流れる水みちに移植ゴテで軽く穴を掘っていく。だが、それだけで淀んでいた水は波紋を描いて流れ出し、ガジュマルは息を吹き返していく。
「人間以外の生きものが、ひたすら人間がやっていることを改善している。蝉も、カニも、アリも、健気な存在。人から嫌がられている植物たちも、その植物に合った風を通してやると、とたんにおとなしくなる。そういう意味では、人だけなんですよ」
「満たされないことがあって当たり前、それが自然の生態系のシステム。どの生きものたちも満たされていない。すべての生きとし生けるものがリスクを背負いあっているところで生態系のバランスは取れている」
植物や虫、大地の声を代弁するように話す矢野は30年以上のキャリアを持つ造園家であり、環境再生医だ。時に「地球のお医者さん」とも呼ばれる彼は、全国を飛び回って傷んだ植物や大地の治療にあたっている。
造園業界でも、現代土木の世界でも、学術界でも見落とされてきた生態系全体に関わる大地の機能。それは「大地の呼吸」だと彼は言う。
「人間のからだでいうと呼吸と血管、空気と血液がからだの中をめぐっているのと同じように、地球全体で大気と水がからだのように循環しているんです」
かつて人はそんな自然の循環を損なうことなく暮らしてきた。「鎮守の杜」の「杜」という字は「この場所を 傷めず 穢さず 大事に使わせてください」と紐を張った場のことだった。
ところが1970年代から半世紀、国土開発という名の人間の土地利用は、大地を窒息させる方向へと突き進んできた。道路やダム、砂防堤、コンクリート擁壁やコンクリート側溝……。堰き止められた循環が長い時間をかけて問題を起こしてきていることに、彼は強い危機感を抱いていた。
「沖縄から北海道まで全く同じことが起きている。『グライ土壌』という、空気や水が循環しない土の層が全国に広がって、それがバクテリアから小動物、植物の下草から高木、あらゆる生物環境の機能に問題をもたらしてきている。まるで成人病のように」
業界では変わり者と呼ばれながらも、かつての集落では当たり前だった「結(ゆい)」作業で、雨や風、動物たちがすることにならった環境改善のやり方を彼は実践し、伝えていた。それは「大地の再生」と呼ばれ、奇しくも2011年東日本大震災をきっかけに共鳴する人が増えていく。
福島県田村郡三春町にある玄侑宗久氏が住職を務める慧日山福聚寺も、3年がかりの造園工事で、傷んだ枝垂れ桜をはじめ境内の自然が元気な表情を取り戻してきていた。
しかし、2018年7月、抑圧されてきた自然が牙を剥くように人間社会を襲い始める。
西日本豪雨、屋久島豪雨、台風19号災害……。自然は人に、何を求めているのか。人は、自然は、再生することができるのだろうか。